2018年09月22日

命が無事なのになぜ「亡命」というのでしょう??

命が無事なのになぜ「亡命」というのでしょう??


宗教的あるいは政治的な理由から

外国に逃れることを亡命といいます。

亡命の目的として最も多いのは、

自分の命を守るためということです。



それなのに何で亡命は

命を亡くすと書くのでしょう。

「命」という語は普通「いのち」の意味に

用いられています。



しかし亡命の「命」は「名・名前」の意味

その名を記した戸籍のことです。

司馬遷の「史記」の「張耳伝」に

「少時かつて亡命し外黄に遊ぶ」とあります。



この場合の亡命は、

戸籍を抜け出して逃亡したという意味です。

それが転じて

他国に救いを求め逃れる意味

使われるようになったのです。



この「亡命」という言葉が

わが国で一般に用いられるようになったのは、

明治時代になってからです。



明治15年に朝鮮の政治家金玉均が

わが国に亡命してきて以来

「亡命」という言葉が

世間に知られるようになりました。



1971年には、

中国共産党内の権力闘争の中。

毛沢東暗殺計画クーデター未遂で

ソ連に亡命の途中飛行機事故で亡くなった

林彪事件がありました。



戦後の冷戦時代に、

ソ連の現役のパイロットベレンコ中尉が、

当時最新鋭のミグ25に乗って、

アメリカへの亡命を求め函館空港へ

強行着陸をしました。



1976年9月6日のことでした。

日本の防空識別圏をかいくぐって、

わが国の領土に侵入したことは、

わが国の防空問題にも大きな課題を

与える出来事でした




ベレンコ中尉の亡命希望が

はっきりしていたので納まりましたが、

国家機密が海外に流出したソ連にとって

許しがたい出来事であり、

まさに一触即発状態でした。



亡命というのは国を捨て

自らの命を懸けて行われる行為で、

中途半端な理由では

受け入れ側も簡単には了承しません。



最近多いのは、

北朝鮮兵士の韓国への亡命ですが、

本当に亡命なのか

亡命を装ったスパイの送り込みなのか、

なかなか判断が難しいようです。



亡命は望む側も受け入れ側も

大きなリスクを伴う重大事です。


    セーフティーコン
posted by セーフティーコン at 15:27| Comment(0) | プロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする