2019年11月11日

お台場って元々何だったの?何のために作られたの?

お台場って元々何だったの?何のために作られたの?


お台場といえば、

東京都のウオーターフロントに広がる

近代的なエンターティメントエリアで

その社屋がよく登場することから

フジテレビある場所のイメージが強いのでは?



お台場は、東京港埋立第13号地に属する、

東京都港区台場。品川区東八潮、

江東区青梅のうち

青梅南ふ頭公園以北からなるエリアです。



広義では東京港埋立第13号地を指し、

さらには同埋立第10号地も加えて、

東京臨海副都心地区を指します。



いずれにしても華やかでにぎやかな印象を

持たれているエリア
ですが、

「台場」というのは実は「砲台」のことです。

1853年、ペリー艦隊が来航して

幕府に開国要求を迫りました。



これに脅威を感じた幕府は

アメリカ艦隊の襲来を迎え撃ち、

江戸の直接防衛のために、海防の

建議書を提出した伊豆韮山代官に命じて、

洋式の海上砲台」を建設させました。



5000人の人足と

千葉県などから運ばれた大量の松材、

そして1年3ケ月の月日をかけて

12の台場つくりが行われました。



台場のうち7つは未完成となりましたが、

二度目の来航のアメリカ艦隊は

江戸湾には姿を見せず、

大砲は火を吹く暇もなく時代は進み

世は明治維新を迎えました。



これ等の砲台は品川台場と呼ばれました。

お台場という呼び方は

幕府に敬意を払って台場に「御」を付けて

御台場と称したことが由来です。

 

ペリー艦隊は品川沖まで来ましたが、

この砲台のお陰で横浜まで引き返し

そこでペリーが上陸することになりました。



台場は石垣で囲まれた

正方形や五角形の洋式砲台

現在は台場公園として開放されている

第三台場と、他のふ頭などと繋がっていない

第六台場が残されています。



フジテレビの側に残されているのが

第三台場跡で台場公園になっています。

この台場には佐賀藩で鋳造した

大砲
が据えられて

十字砲火を浴びせるように作られました。



しかしこの砲台からは一発の砲弾も

火を噴くことはありませんでした。

今のお台場に黒船がやってくれば

大歓迎で迎えられることでしょう。

平和な時代はいいですね。


   セーフティーコン
posted by セーフティーコン at 11:09| Comment(0) | プロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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