2019年11月12日

東京の下町にはなぜ島がつく街が多いのでしょう??

東京の下町にはなぜ島がつく街が多いのでしょう??


東京の湾岸エリアには、

佃島、月島、越中島、霊岸島など、

島という字がつく地名があります。

実際には東京都内にあるのに、

何故島なのでしょうか。



実は、それぞれの土地は

かつては実際に島だったのです。

江戸時代の初期東京湾は江戸城まで広がり

それぞれは島として存在していました。



元々江戸城は湿地帯の中に建てられ

江戸時代の交通は水運が便利でした



江戸の町が大きくなるにしたがって

湿地帯が埋め立てられて

次第に江戸の町が形成されていきました。

今でも東京の下町で浅井戸を掘っても

水質が悪く飲用には適しません。



江戸の町を形成する過程で、

これ等の島が埋め立てられたり砂州が陸化し、

東京の街並みに吸収されていったのです。

それぞれの島の由来を調べてみましょう。



佃島
は佃煮の発祥の地として知られますが、

隅田川の砂州が陸化してできた島です。

越中島隅田川の中州でしたが、

1875年に日本初の商船学校が創られ

その名が知られるようになりました。



もんじゃ焼きで知られる月島

隅田川河口の中州を明治時代に埋め立てて

作った人工の島
です。

かつては同じ読みで「築島」と表記し

築き上げた島という意味を持っていました。



霊岸島は江戸中島と呼ばれ、

日本橋川、亀島川、隅田川に囲まれた

中州
がもとになっています。

霊岸寺という寺院が建立されたことから

霊岸島と呼ばれるようになりました。



それぞれに個性のある土地ですが

それぞれの島で

独自の文化が息づいていました。

それぞれの島を散策しながら

島の個性を探ってみてはいかが。


    セーフティーコン
posted by セーフティーコン at 08:18| Comment(0) | プロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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